福建省の泉州は、海のシルクロードの起点として知られている。
西安から中央アジアを抜けるシルクロードを経由しておこなわれていた東西貿易は、
唐代末期に激しくなった戦乱の影響を受け、これを避けるために新たに海を経由するルートが開発された。
福建省の港町である泉州は、その海のシルクロードの東の起点だった。
泉州は、宋、明、元代と、長らく国際貿易都市として繁栄を極め、西洋人から「世界最大の港」と呼ばれた。
マルコポーロが帰国するときにも、泉州の港から船に乗った。
しかし、泉州の港は海に面しておらず、川を少しさかのぼったところにあったので、
土砂の堆積により徐々に港としての機能が低下してゆき、
やがて国際貿易港としての地位をアモイや広州などに奪われ、町は衰退した。
現在では、外国人観光客が訪れることもあまりない、マイナーな地方都市になってしまっている。
イスラム文化の名残
当時の国際貿易都市の名残は、今では主として博物館にしか残っていない。
福建省立の「海外交通史博物館」には、無数のイスラム式の墓標が展示されている。
東洋まで商売にやってきて、そのままこの地で死んだ人達の墓標だ。

イスラム式の墓標(クリックで拡大)
この博物館には当時の船の模型や、当時取引されていた香料などの物品、航路なども展示されており、
往年の泉州の繁栄ぶりを知ることがができる。
市内中心部には、イスラム寺院の「清浄寺」がある。
既に寺院としては機能しておらず、遺跡になってしまっているが、もとは1009年創建の名刹であり、
蘇州の寒山寺などとともに中国十大寺院の一つに数えられている。
都心に所在するにもかかわらず観光客が殆どこないので、一人で海のシルクロードを想いをいたすにはとてもよい場所だ。
規模も小さく、観光地としてはあまりに地味なのだが、個人的には、泉州の一番のお勧めスポットである。

入口のアーチ

内部
開元寺
市内北西部に位置する開元寺は686年創建の古刹だ。
当初の建造物は残っていないが、1238年に再建された八角五層の2つの塔がシンボルとなっている。
発掘された当時の貿易船
1994年に、泉州湾の泥の中から木造の貿易船が発掘されて話題となった。
確か、日本でも大きく報道されたと記憶している。
このとき発掘された貿易船は、現在、開元寺敷地内の展示館に展示されている。
全長24.2メートル、幅9.15メートルの大きな船体は、当時の中国が世界一の造船技術を持つ国であったことを思い出させる。
実際、17世紀くらいまでは、西洋よりも東洋の方が技術文明は進んでいた。
当時の中国人は、このような船を連ねて、遠く中東まで大船団を派遣し、勢力を拡大していたのだ。
洛陽橋
泉州の有名な建造物としては、もう一つ、「洛陽橋」がある。
西暦1059年に完成した、中国の古代4大名橋の一つに数えられる石造の橋だ
(他の3つは、北京の盧溝橋、河北省の超州橋、広東省の広済橋)。
当時繁栄を極めた泉州の交通の便のため、洛陽江の河口近くに建造された。
市内から10キロくらい離れているが、市内バスターミナルから華僑大学行きのバスで終点まで行くと、
そこからはタクシーで10元もかからない。端から端までゆっくり歩いて渡って5,6分くらい。
泉州よりのところに通行料金徴収所(3元)があるが、地元の人はお金を払わずに渡っている。
私もそのまま通り過ぎたら料金は取られなかった。
なお、この橋の橋脚は船型に形成されている。
なんでも、潮の満ち干による激しい逆流現象
(この川には、アマゾン川のポロロッカをずっと小型にしたような逆流現象があるらしい)
から橋を守るための工夫なのだそうだ。
この橋の泉州側は住宅地になっており、レンガ造りの小さな家が並んでいる。
どれも最近建造されたもののようだが、どういうわけか、レンガの模様が何となくイスラム的である。
もしかしたら、あのあたりにはイスラム教徒が多く居住しているのかも知れない。
泉州へは
泉州へは、福州市の駅前バスターミナルから、バスで高速道路を走って2時間半程度。
値段は60元くらい。トイレつきの高級バスで、快適である。
アモイから行くと、バスで1時間半程度。
値段は25元から35元くらい(バスのグレードにより異なる)。
泉州自体にも鉄道駅や空港があるが、便数が少ないので、福州かアモイから行ったほうが便利だと思う。