◇西安 兵馬俑◇

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西安と言えば、芥川龍之介の「杜子春」に出てくる街というイメージである。
西安はかつての長安であり、シルクロードの終着点としても栄えた 。一時は人口100万を超える古代最大の都であった。

私は歴史にあまり興味がないので、西安に行きたいとは思っていなかったのだが、 止むを得ない事情で行くことになった。交通の事情である。
3年ほど前のゴールデンウィークに青海省に行った帰り、蘭州駅でほんの10分程度の差で銀川行きの汽車を乗り逃してしまった。

やむなく蘭州で一泊した翌日、どこに行こうかと街をぶらついていたら、民航のチケット売り場が目に付いた。
そうえば、汽車に乗るのもいい加減しんどくなっていた。
しかし、上海便は3日後までチケットがなかったので、たまたまその日チケットがとれた西安行きの飛行機に乗ることにした。
こういう訳で、なぜか西安に行くことになってしまったのだ。



蘭州から西安へ

蘭州の飛行場は市内からとても遠い。 全中国で、ラサ空港に次いで2番目に都市から遠い空港らしい。
時間的にぎりぎりだったので、蘭州の市街地から、 女性ドライバーの白タクで高速道路をぶっ飛ばしてもらってなんとか間に合った。所要時間は1時間弱。
蘭州を離れて暫くの間は黄土高原の上を飛ぶ。

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まさに不毛の地。
しかし、西安に近づくと農地が増える。

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しかし、農地が増えるとは言っても、実は西安付近はそれほど農業に適した土地ではない。
だから、古代の王朝は首都の住民の食料調達に苦労した。洛陽を副都にしていたのも、 長安では食料調達の問題が大きかったかららしい。



西安

西安の空港は意外にも市内から遠かった。
蘭州のような山間部の空港は遠くてもしょうがないが、西安の周りは一面の平野である。 それなのになぜこんなに遠いのか? 不思議である。空港のバスで40分ほど走り、ようやく市内に到着した。 バスは城壁の外側に着くので、そこから歩いて城壁をくぐって都心部に入る。

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都心部を取り囲む城壁

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城壁の門

西安は、簡単に言うと、「雑然とした、騒がしく、俗っぽい」街である。
もう少し、率直な感想に則して言えば、「汚く、煩く、下劣な」街である。

私の知る限り、一度でも西安に行った日本人は、この街のことを大嫌いになる。
一応歴史的建造物もあるが、そういうものは街の本質的な雰囲気とはあまり関係がないのだ。 街そのものは、普通の中国の地方都市に過ぎない。

その地方都市が、観光地であるために発生する「お金の匂い」のせいで、 中華民族の特性を余すところなく引き出す街になってしまっているのである。



嘘つきの街「西安」

西安に着いたのはまだ午後の早い時間だったので、とりあえず有名な「兵馬俑」に行ってみることにした。
西安駅のすぐ脇に兵馬俑に行くバスの発着所があり、緑色の小型バスが何十台もならんでいる。 バスの側面には白いペンキで「兵馬俑」とでっかく書いてある。この辺の俗っぽさが、いかにも中国的。

この「兵馬俑バス」は、5分に一台くらいのペースで出ている。 しかし、「兵馬俑」と大書してはあっても、兵馬俑観光の専用バスではなく、 途中にバス停がいくつもあって、地元の一般の利用者も乗車する。
注意を要するのは、高速道路を通るバスと、一般道路を走るバスの2種類があること。 一般道路を走る方に乗ってしまうと、とてつもなく時間がかかる。

私は、念のため、「高速道路を通るバスか?」と尋ねた上で乗車したのだが、 なぜかいつまで経っても農村地帯の一般道を走っているので、「だまされた」ことに気づいた。
バスは普通の田舎道をのろのろと走っていく。やれやれ。

中国では、車掌や運転手の収入が完全定額給与制になっているバスと、 売り上げによって上下する方式のバスの2種類がある。 どちらかというと売り上げによって上下する方式になっている場合が多いと思う。

この西安の「兵馬俑バス」は、おそらく後者の方式になっているのだろう。
お金が絡むと、現代中国人の95%は、相手に如何なる迷惑がかかろうとも、平気で嘘をつく。
かつて、
「中国人は呼吸をするように嘘をつく」
と述べたアメリカ人外交官がいた。
中国で仕事をした経験のある人なら誰でも知っているように、まったくその通りである。

そういう訳で、兵馬俑に到着したのは随分遅い時間だった。バスをおりて、駐車場を出ると、 土産物屋が並ぶ広い歩行者道路がある。
そこを歩いていたら、一人のおばさんが、
「兵馬俑を見に来たのか?」
と声をかけてきた。

そうだと答えると、「こっちだ」と言って大きなゲートを教えてくれた。 ここが兵馬俑か、と尋ねると、「そうだ」と言う。 ゲートの向こうには博物館のような大きな建物があった。

入場料を払って、ゲートを通り、大きな建物に入っていくと中は真っ暗だった。
さっきのおばちゃんがやって来て、スイッチを入れたら照明がついた。 建物の中は博物館のようになっており、出土した塑像がいくつか並んでいる。
しかし、昔写真で見たのとは随分違う。あの写真では、たしか、何百という塑像がびっしりと並んでいた。

それに、他に誰も観光客がいない。ユネスコ世界遺産登録遺跡なのに、見学者が私ひとりというのもおかしい。 そもそもこの建物、さっきまで真っ暗だったではないか。 この辺でようやく、騙されたことに気づいた。

腹が立ったが、それよりも急いでいたので、30秒でその博物館もどきを出て、先ほどの道を更に先に進むと、 突き当たりに兵馬俑遺跡はあった。
しかし、すでに料金所が閉まっていた。係員に聞くと、入場は4時までとのこと。すでに30分ほど過ぎていた。

こんなに苦労してたどり着いたのに無駄足になってしまうのかと思うと悔しくて、 ゲートの前で係員相手に10分くらいごねてみたが駄目だった。
「これを見るために日本からわざわざ来た、明朝には日本に帰らなければならない。」
と、中国人を真似して嘘をついてみたが、相手にされなかった。

仕方が無いので、またバスに乗り、西安市内に戻って一泊することにした。
市内に向かう途中、左側に有名な秦の始皇帝陵が見えた。



西安市内

西安は城壁都市である。城壁の内側は完全に都市化されており、 街を歩いていて歴史的な雰囲気を感じることは殆どない。それでも、古い建物がいくつか残っている。

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疲れていたので、この日は比較的良いホテルに泊まることにした。城壁の外側にある4つ星のホテル。 1泊450元くらいだったと思う。
フロントでチェックインをするとき、日本のパスポートを出したら、女性の従業員に「中国語がお上手ですね」 と言われた。たぶんこれも嘘である。

夜になって街に出てみたが、西安には外国人向けのバーの類は殆どないことが判明したので、 ホテルに戻ってさっさと寝た。



兵馬俑

翌日は高速道路を走るバスに乗り、午前中に兵馬俑に到着。
兵馬俑は発掘現場がそのまま巨大な建物で覆われており、写真で見たとおり、塑像が無数に並んでいる。 内部は撮影禁止だが、みんな平気で撮っているので、私も何枚か写真を撮ってきた。 撮影禁止と言われると、却って撮りたくなるものである。

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こうしてみると、確かに結構迫力がある。 兵士はどれ一つとして同じ顔をしたものはなく、 その顔つきから秦の軍隊がさまざまな民族の混成部隊であったことが判明したとのこと。
兵士が向いている方向が東、つまり、かつての秦の敵国の方角である。

実は、発掘され展示されている周辺にも大量の未発掘の部分があるが、 発掘によって土偶の表面の色彩が消えることなどの理由から、保護のために発掘は控えられているらしい。
とは言え、発掘されている部分だけでも広大だ。
発掘現場がまるごと建屋に覆われているのであるが、体育館4個分くらいの展示用建物が2つある。 観光客は結構多かったが、あまりに広いので、込んでいると感じない。

兵馬俑を出た後、始皇帝稜はバスから見ただけで満足したので観光は省略し、西安市内に戻って、 この日のうちに上海に帰ることにした。

が、ゴールデンウィークのため、またもや上海行きのエアチケットはなし。
汽車でも帰れるのだが、寝台車のチケットは多分飛行機以上に取りにくいだろう。 硬座(普通車)のチケットなら取れるかも知れないが、 西安から上海まで直角背もたれの硬座で1晩過ごして帰ってくる元気はない。

仕事始めまでにあと1日しかなかったので、遅くとも翌日中にはどうしても上海に戻らなければならない。
エアチケット売り場のお姉さんに頼んで、どこかの都市を経由して翌日上海に戻れるルートを探してもらうと、 重慶経由で帰れることがわかり、この日は重慶に飛ぶことにした。

重慶は西安よりずっと面白かったのだが、その話は省略。





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